Kay Music Academy

〜子供から大人のためのピアノとチェンバロレッスン〜

現在、4歳から65歳まで幅広いの年齢とバックグラウンド(日本人、ハーフ、インターナショナルスクールへ通うお子様、お母様、会社員の方)がレッスンにお越し頂いています。発表会だけでなくピアノのサロンコンサートやチェンバロ公開講座を企画して、海外からの著名な音楽家によるレッスンやコンクールなどにも挑戦して身近に音楽を楽しんで頂きたいと願っております。

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日本、欧米での私の音楽体験記です。

これらの経験から、個性を伸び伸びと生かすレッスンをしたいと考えるようになりました。

【幼児ピアノ教育】

私の一番初めの音楽の手ほどきは、3歳の時、母が【ドレミの色音符】の本で、教えてくれたようです。その後、親戚の叔母に4歳からピアノレッスンで基礎を教えて貰い、小学校1年生~中学3年生までの9年間、桐朋学園大学付属音楽教室へ通いました。

毎年度末の試験に合格しなければ、退室させられるという厳しい状況とプレッシャーの中で、ひたすら練習をし続けました。何度、レッスンで泣いたり、【ピアノなんか辞めなさい!!】と雷が落ちたか分かりません。

しかし、その先生がバッハのインベンションに書き記してくれたコメントは、今では宝物となり、その先生が20年経った今でもコンサートに聞きに来てくださることは、大きな喜びです。
逆に、【さぞかし大変な生徒だっただろう・・・】と今は思うのです。

桐朋の音楽教室では、【聴音】などの書き取りや、初見ですぐに歌う【ソルフェージュ】で音感を身に付けるだけでなく、小学校低学年では【童謡】などを歌い、 手で叩き、体を動かし、音楽を体感します。小学校高学年ではショパンなどを弾き、小4の頃はコンクールの全国大会を目指す友達も多く、大変な競争でした。

小学校の頃は【どうやったら練習しないで上手になれる魔法がないかな?】と不真面目な夢を見ながらも、毎日小学校3年生で3時間、また中学3年生では毎日8時間の練習をしていました。

結局、【魔法はなく、日々のコツコツとした努力あるのみ。】というのは、数々の失敗から実感し、練習は毎日の日課になっていました。3日坊主の私が人生で唯一続いている音楽は、今から考えてみると、母の多大な努力があったと思います。

ピアニスト宮沢明子さんが、お母さん達は、みんな【練習しなさい!】と子供に言うけれど、まずはお母さん自身が弾いて子供に見せてあげなければ、子供は練習しないというエピソードを読み、何と小学4年生になるまで、実は私と練習する前に、 母も全ての曲を練習していたそうです。知りませんでした・・・

子供の頃、外で遊んでいても5時の鐘が鳴ると、ピアノの前で母が待っているのを知り、急いで帰り、指練習、音階から曲まで練習をずっと一緒に見てくれていました。そうでなければ、30年経った今も私は音楽をしていないでしょう。
子供の頃に身に付けたテクニックは、一生の基礎になると、20年後に海外の音楽生活の中で実感することが多々あり、親に大変感謝しました。

 

【アメリカ留学のきっかけ】

今でも感謝をしてやまないアメリカ、ボストン在住のピアニスト・ローゼンバウム氏には、高校3年生の時に桐朋学園の公開レッスンの際に、ショパンのバラード第1番をレッスンして頂きました。

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ボストン・ピアノの恩師 ビクター・ローゼンバウム
(Boston ニューイングランド コンサーバトリー、N.Yマンネス音楽院 教師)

当時、高校の卒業試験前の切羽詰まった私に、ショパンの音楽の素晴らしさ、包み込まれるような暖かい音色、呼吸の重要さなどをご指導頂き、直感的に“ピン”ときました。
それまで体験したピアノレッスンでは味わったことのない、表現する喜びと心の開放感を感じました。

その後も、毎年ヨーロッパの夏期講習などに参加して見分を広め、
4年経った大学卒業後、ボストンへ2年のピアノ留学予定で旅立ちました。

【Bostonでの新生活】

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飛行機からのボストン

ローゼンバウム氏のレッスンは、主にBach,Mozart,Beethoven,Chopin,Shumann,Brahmsなどのレパートリーが中心でしたが、初めて心の扉を開け、自分の感情を音楽で表現するということを教えて頂きました。
音楽が、自分の言葉となった気がしました。
レッスンだけでなく、アメリカ生活の中で、自分の考えをきちんと意思表示する重要さを学んでいきました。

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ボストン・ロンジー音楽院(Longy School of Music)で4年間学ぶ。

夏に、小澤征爾さん率いるボストン交響楽団が演奏するタングルウッド音楽祭へ行くと、森の中での野外コンサートでは、なんと500円の芝生席があり、家族でバスケットを広げてキャンドルライトを灯し、ワインとチーズを楽しみながら、遠くで小澤征爾さんの生演奏を聴いている!という贅沢な楽しみ方でした。

桐朋在学中より、チェンバロやフォルテピアノの古楽器に興味を持っており、副科でフォルテピアノ(モーツァルト時代やベートーベン時代の古いピアノ)を専攻していました。
アメリカでも、チェンバロ・フォルテピアノ・オルガン・クラヴィコードを全て弾きこなせる、ピーター・サイクス先生に副科で師事し、2年間のピアノ演奏家ディプロマコースを終了後に、チェンバロ科の修士課程へ進むことになりました。

古楽器を勉強したいと思った大きな理由は、自分がヨーロッパ音楽から遠いアジア人だからかもしれません。
小さな頃、“モーツァルトは本当に生きていたの?”とよく不思議に思いました。自分と何とつながりも感じなかったからです。

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ブリュッセル王立博物館所蔵・Mozart時代のフォルテピアノ複製楽器にて、コンサート

17,18世紀のチェンバロやフォルテピアノを世界各地の博物館で弾かせて貰ったり、作曲家の自筆譜を見たり、作曲家の家等を訪れて、初めて本当に彼らがヨーロッパで生活して名曲を生み出していたという事が実感できました。

【欧米の音楽教育】

日本の音楽教育では、テクニックや表現力なども、本当によく練習してハイレベルな音楽家を輩出している国だと思います。

しかし、そんな学生たちが外国へ留学して、始めにぶち当たる壁は、

“あなたのMozartを聞かせて下さい”
“あなたは何を表現したいの?”

わたし?私のMozart・・・
と立ち止まってしまうのです。

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憧れの演奏家や先生の真似ではなく、世界でたった1人のあなたの個性が一番重要なのです。
私自身もローゼンバウム氏とのレッスンの帰りには、毎回頭から殻が1枚1枚剥がれていくような感覚でした。
日本で培った常識、教育を全て更地に戻し、0からのスタートでした。

初めて、自分の心をピアノで表現するということに真正面から向き合い、格闘しました。
綺麗に上手にピアノを弾くことはできても、“自分の心”を表現することは、音楽家が一生追求し続ける永遠のテーマだと思います。

【チェンバロとピアノ】

ピアノは今では、すっかり私たちの生活に溶け込んでいますが、日本では戦後輸入され広まりました。
ピアノの発祥の地ヨーロッパでは、18世紀以前のバッハの時代にはオルガンや、チェンバロという弦を爪のようなもので弾く鍵盤楽器が宮廷文化で繁栄していました。

20年間ピアノに没頭し続けた私は、ふと【ピアノはどこから来たの?】【バッハの時代はどういう楽器で弾いていたの?】と思う様になり、留学先のボストンで初めて習ったチェンバロの先生のスタジオは教会にあり、パイプオルガン、チェンバロ、フォルテピアノ(古いピアノ)、現代のピアノまで15種類もの鍵盤楽器が弾ける博物館の様な環境でした。

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チェンバロの恩師・ピーター・サイクス氏のレッスン室には博物館のよう!いつでも練習できる素晴らしい環境。(アメリカ・ボストン)

まさに鍵盤音楽の歴史をそのまま体験でき、バッハはチェンバロで、モーツァルトは1780年頃のコピーのフォルテピアノで、ブラームスはドイツ製 シュトライヒャーのピアノで、ドビュッシーはフランス製エラール(Erard)のピアノで・・・という素晴らしい環境でした。実際にモーツァルトを古いピアノで弾き、チェンバロでバッハを弾くと、ドイツ人にドイツ語で話しているように、しっくりいくのです。

1720年代に、イタリアのバルトロメオ・クリストフォリによる強弱(イタリア語でフォルテとピアノ)を表現する事のできる画期的発明により、ピアノの原型である、フォルテピアノ(古いピアノのことをこの名称で呼ぶ)が生まれました。
今でも、3台の初期フォルテピアノがローマ、ニューヨーク、ライプツィッヒの博物館に所蔵されています。大変貴重な当時の音を伝える手がかりです。

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旅行に行く度に世界中の楽器博物館へ行き、200年前のフォルテピアノや300年前のチェンバロを実際に弾いてみると、まるでモーツァルトが作曲して弾いていた音に出会う様に、1台1台個性のある音がします。当時の【音】を聞き、肌で感じることで、より作曲家の世界を知る手掛かりとなり、貴重な体験だと思います。

その後、現代のピアノを弾く時にも、古い楽器の音色は心の中に響き続け、鍵盤音楽史の文献を読むよりも、説得力がありました。過去の作曲家に会いに行けなくても、当時の楽器から貴重な【音】を聞くことはできるのです。

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ショパンのピアノ(プレイエル)ロンドン・コブスコレクション

【古楽の街 アムステルダムへ】

アメリカで5年間勉強した後、より深くチェンバロを追及する為に、アムステルダム音楽院で2年間学びました。

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アムステルダム音楽院

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運河と自転車の多いアムステルダム

アムステルダムには、古楽器の聖地のように、グスタフ・レオンハルトから引き継ぐチェンバロメソッドがあり、より細かい表現方法、様式感をヨーロッパ各地の学生と一緒に学びました。

【芸術の街 パリへ】

その後、最も私が魅かれていたフランス音楽を演奏するには、装飾法、エレガンスが必要とされ、真に理解するには、フランスに住み、フランス語を話し、フランスの文化を知ることが必要だと痛感し、パリへ移住しました。

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パリ発祥のシテ島のシンボル、ノートルダム寺院

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虹のかかったエッフェル塔

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ヴェルサイユ宮殿・ロイヤルチャペルでのコンサート

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ブルターニュ地方でフォルテピアノによるコンサート

“芸術の都パリ”というように、音楽、絵画、バレエ、モード、グルメ、全てにおいて素晴らしいセンスの散りばめられている国です。しかし、競争の激しいパリで外国人として仕事をしていくというのは、並大抵のことではありませんでしたが、オーケストラやアンサンブルのメンバーとして、フランス各地や隣国をツアーでフランス人の仲間と演奏したことは、大変貴重な体験となりました。

また、チェンバロの巨匠ユゲット・ドレフュスという83歳のおばあちゃん先生にパリで出会えたことは、私の人生観を大きく変えました。
音を通して、脳髄の裏まで瞬時に読み取ってしまうほど、聡明で格式の高い方です。帰り道のパリの風景が明るく見えたほど、衝撃的な出会いでした。

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南仏の音楽財団が主催する夏期講習にてユゲット女史によるレッスン。
18世紀のオリジナルチェンバロ(ヘムシュ)で毎日レッスン。人生の中でも夢のような時間でした。

御自宅にある18世紀のチェンバロと共に、弾く前の呼吸の使い方、タッチ、楽器を聞く耳、楽譜をどのように読み、思考を整理して表現するのか、音楽のみならず人生における師匠で、毎回のレッスンが、これで最後ではないか・・・と思うほどに貴重な体験でした。

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ユゲット女史とブラジル、ロシア、フランス、チェコから集まった音楽家たちと。

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ユゲット女史と。

アメリカ、フランスでオーケストラと共演する前、コンクール前、録音前には、ユゲットおばあちゃんに会いに行き、方向性が間違っていないかだけ確認し、後はもくもくと練習をしていきます。
まだ、パリに引っ越して間もない頃から、5年間を過ごして本帰国するまで、節目には必ず聞いて頂いた、かけがえのない存在です。

彼女の弟子の1人で、フランスを代表するチェンバリストのクリストフ・ルセ氏にもその後師事し、ユゲットとオランダで学び、さらにルセ独自のテクニックやメソッドを教えて頂きました。
今でも、ユゲットやルセは、チェンバロファミリーのような、身近な存在です。

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3大ゴシック建築で有名なルーアン大聖堂にてハイドンの交響曲を演奏

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ドイツ・Mozart音楽祭にてユネスコ世界遺産ヴュルツブルク宮殿にてコンサート

【ベルギーでフォルテピアノ】

また、パリで仕事をしながら、フォルテピアノを専門的に勉強できるのは今が最後かも?と思い、ベルギーのブリュッセル王立音楽院のフォルテピアノ科へ通い始めました。
パリーブリュッセルは、タリス高速列車で80分なので、月に1回、東京から郊外へ行く感覚で2年間通い、無事に修士課程を終えました。

約20年学んだピアノと10年学んだチェンバロの技術と音楽性を、どの様にフォルテピアノに生かすのか、タッチ、スタイルなどをピート・クイケン(有名なガンバのヴィーランド・クイケンの末っ子)とエリザベート国際コンクールピアノ部門で優勝したボヤン・ボテイニチャロフ氏にレッスンして頂きました。

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チェンバロを知った後に、改めてバッハからバッハの子供たち、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、メンデルスゾーン、ショパン、フランクまで、各時代に合ったフォルテピアノで勉強し直したことは、大変有意義で、卒業試験の際には、ブリュッセル博物館所蔵のショパンが持っていたピアノとほぼ同じピアノでショパンのソナタなど演奏させて頂きました。
これらの体験から、バッハから現代まで、各鍵盤楽器がどの様に発展し、奏法やスタイルの違いなども、体感することができたのです。

【バッハの録音】

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スイス・ノイシャテル博物館所蔵1632年ルッカース製作チェンバロでバッハを録音。

2年前、念願だったバッハの大曲:ゴルトベルク変奏曲を、マリーアントワネットが所蔵していたと言われるスイスの博物館所蔵の380年前のチェンバロで録音させて頂きました。その時に、今までに聞いたことのない、約400年前の音が蘇り、バッハの音楽と融合した時に、鳥肌が立つような思いでした。そのチェンバロを、マリーアントワネットや王侯貴族が弾いていたと想像するだけでも楽しいですね。楽器や音楽は、時代を越えるタイムマシーンだと思います。

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3日間、30変奏曲の録音のテイクは300以上にもなり、それらを2ヵ月間かけて、1000回以上聞き、自分の演奏の長所と短所を直視し、絶望しながらも仕上げたCDが、日本とフランスのレコード大賞を頂いたことは、これまでの音楽活動の大きな節目となりました。
今まで支えて下さった方々に感謝の気持ちで一杯です。

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バッハの銅像の立つライプツィッヒにあるトーマス教会

録音の後に、念願だったドイツ・ライプツィッヒにあるバッハの“お墓参り”へ行ってきました。やはり日本人ですね。

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トーマス教会のステンドグラスにはバッハが居ます!

実際に、バッハが毎週聖歌隊を指揮し、カンタータを演奏していたトーマス教会の中に入った時は、とても感激しました。
偉大なるバッハに感謝の気持ちで一杯でした。

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トーマス教会に今もひっそりと大バッハが眠っています。

音楽は、どの時代にも人々の生活を豊かに楽しむために、愛されてきた文化です。
30年間の音楽経験で、13年間の欧米生活を終え帰国し、ピアノやチェンバロの奥深さと音楽の素晴らしさを1人でも多くの方にお伝えしたいと考えています。

2014年1月 パリ郊外にある、実際にモーツァルトが演奏した18世紀のお城でコンサートをしました。当時の様に、キャンドルライトの幻想的な雰囲気の中、音楽に包まれた、貴重な経験でした。

どうぞ宜しくお願い致します。